2017年4月9日のブログ「情報をシェアするという事」


情報の共有について思うことを少し。 フェイスブックやツイッターでは、自分が気に入ったり、他人に紹介する価値があると思う情報をクリック一つで共有できる。僕のフェイスブック・ツイッターは狭い範囲で使っているけれども、そんな小さなネットワークの中でも、「流行」の情報が時折存在する。あの人もこの人も、特定の記事やツイートをシェアする。それが可愛い犬の動画だったりすれば何も思うことは無いのだけれども、それが専門的な内容、特にスポーツ医学に関する情報がその道に携わっている人によって次々にシェアされる時、僕の頭に「?」が浮かぶときがある。 最初に書いたように、情報を共有するという行為は、その情報を広める価値があると判断した時、または自分がその内容に興味関心があるという事を周囲に伝えたい時だと思う。僕が疑問を抱くのは、広めようとしたその専門的な情報に対して、その道の専門家が何の解釈も示さずにただ“シェア”している時。そしてそれが連鎖反応もしくは流行のようにただただシェアシェアシェア。。。となっている時。そのシェアされている内容に疑問を抱く点が少なからずあると、“ただシェアする”その行為はもの凄く無責任に思える。 100%賛成、まさに“言う事なし“という事なんでしょうか。なんかシェアしないとマズい雰囲気でも流れてるのか?と勘ぐってしまう程です。 アスレチックトレーナーが犬の動画をシェアするに当たって、「あの犬の鼻の湿り具合が」なんて解釈を入れる必要はありません。 ただ、あなたのネットワーク内にいる、スポーツ医学に関する知識がある限られた人達を除いて、「専門家」のあなたが1クリックでシェアした情報は「正しい(はずの)もの」として受け取られる事に責任を持つべきだと思う。僕が間違った情報をフェイスブックでシェアしても、建築家の友人はそれを鵜呑みにするでしょう。なぜなら彼は専門家としての僕を信じているから。 情報の共有と氾濫はしっかりと区別をしないといけません。例えば「あの人が情報源だから間違いないだろう、シェアするに値するだろう」というのは、情報の氾濫を助長する以外のなにものでもありません。 ”Share”の1クリック。重みを考える必要があるのでは。


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