2016年7月19日のブログ「#8」


NBAで働き始めたのは2013年の9月。チームにはロスターの選手に加え、トレーニングキャンプに呼ばれた数人の選手達がいた。 海外で実績を積んだ選手やNBAへの返り咲きを狙う選手に混ざっていたのは、その年のドラフトで名前を呼ばれなかったもののキャンプに招待された一人のPG。 きちんと挨拶をするし、小さなことへのお礼を忘れない、礼儀の正しい好青年という第一印象。その練習態度ややトレーニングに対する姿勢には、キャンプに呼ばれた選手内に留まらず、ロスターの選手達からも一線を画すものがあり、彼に一目置くようになるまで時間はかからなかった。 他のキャンプ参加者からの「あいつ、またやってるよ」と言う声をよそに、キャンプ参加者同士の3オン3では、要所要所でハドルを組んでチームメイトに声をかける。チームのミーティングにはノートを持って参加してメモをとる。練習後にはコーチを捕まえて1対1でフィルムを見る。自分で出来る身体のケアに手を抜かない。 より実績のあるライバル達を押しのけて、キャンプを生き残ったのは彼だった。 Work Ethic。アスリートとして、プロとしての姿勢。契約を勝ち取るまで頑張る選手は幾らでもいる。プレイオフが近づくにつれてギアを上げる選手もいる。シーズンを通してのアップダウンは99%の選手に見られる。彼のそれは、トレーニングキャンプからロスターの枠を勝ち取った後も、その数ヵ月後に残りのシーズンの契約が保障された後も、出場機会に恵まれない時期も、バックアップPGとしての地位を獲得した後も、 2年後にNBAファイナルのスターティングPGを経験しても、3年後にNBAチャンピオンになっても、大げさではなく、一日として変わることはなかった。変わることがなかったのは、work ethicだけではない。これは後に綴る。 常に最善の準備をしている事は容易ではない。プレー機会が保障されていないアスリートにとっては、なおさら難しい。そこに度重なる遠征による不規則なスケジュールが加わると、困難を極める。しかしそこが、いつ訪れるか分からない1度きりのチャンスをモノにするかどうかの分かれ目になり、その先のキャリアをも左右する。 彼は、一年目のシーズン途中でようやく訪れたチャンスをものにした。完璧に劣勢なアウェーでの試合。打つ手が無くなり、苦し紛れとも見える第3PGの起用。彼の一人だけ他のスポーツをプレーしているかのような気迫とディフェンスに、鳥肌が立った。そしてそれは、チームに勢いをもたらし、劣勢だったチームを勝利へと導いた。。 スタッツだけ見たら、彼がチームを勝利に導いたとは誰も信じないあのパフォーマンス。あの試合を忘れることはないだろう。 真のハードワークというのは、一朝一夕で出来るものではない。頑張る、とは違う。脳がかけるブレーキを外す鍛錬をどれだけ積んできたか。 唇が変色するまで自らを追い込んだドラフトワークアウト。試合中のオフェンスで膝の靭帯を損傷するも、必死の形相でディフェンスに戻ったあの姿。2年前のNBAファイナルで試合後に起こした全身痙攣。普通の人間は、あそこまで自分を追い込めない。 遠征先で食中毒にかかり緊急病院へ搬送された時の話。数時間後の夜中にホテルに戻って這い蹲るように部屋に入ったあと、部屋の温度の調整と朝日が入り込まないようにとカーテンと床の隙間をブロックするように振り絞るような声で頼まれた。いつも実践している睡眠の戦略を、意識が朦朧とした時にも忘れなかった事も、彼のプロとしての姿勢を物語るエピソードとして覚えている。 プロフェッショナルアスリートとして、まさに”live to work”を実践するロールモデルだが、彼を一層特別な存在にしたのは、その人間性。数あるエピソードから、幾つか。 遠征中の試合に向かう前のホテルの一室を使ったトリートメント。ホテルのマグに入れたコーヒーを持って現れ、飲み終わった後、それを自分のバックパックにしまう。 トリートメント後、何かバスに持っていく荷物はあるか?と聞く。 遠征先でのシュートアラウンド後に巻いたアイスバッグ。他の選手がバス内で取って床に置いてい(捨てていく)のを他所に、自分のアイスバッグは取り外した後、必ずホテルに持ち帰って自分で捨てる。 ホテルのマグなんて、トリートメントルームに置いていけばいい。荷物持っていこうかと言われた時は、耳を疑った。バスの床には他の選手が捨てたアイスバッグが散乱していて。2つくらい増えたって、大して変わらないし、そういうものだと認識されているので誰も気に留めない。でも彼は自分の手を濡らして持ち帰る。 サンクスギビングやクリスマスのときは、スタッフに必ず何かを贈ってくれた。一人一人のスタッフを考え、家族がいるスタッフには家族向けのものを。 彼には自分の行動基準があって、プロフェッショナルアスリートとしてのwork ethic同様、それは自分の立場が変わっても一度として変わる事がなかった。 彼とは波長が合い、彼も信頼を寄せてくれたので、殆どのトリートメント、リハビリ、メンテナンスを3年間任された。 2年前のカンファレンスセミファイナルで、キャリアベストともいえるパフォーマンスでチームのカンファレンスファイナル進出に貢献した直後のロッカールームで、、"UK,thank you for keep me going"は、本当に嬉しかった。涙が出そうになってトレーニングルームに逃げ込んだ。 優勝を果たした後のロッカールームで、彼から声をかけてきて一緒にとった写真は、チャンピオンリングよりも価値と意味がある一枚。 サマーリーグでラスベガスに滞在中、代表活動のために母国に戻っている筈の彼から電話があった。他チームとの契約が決まり、その身体検査の為に一日だけアメリカに戻ってきている、と。FAの状況は知っていたし、彼がチームを離れる可能性が高いことは知っていたけれども、やはりショックだった。でも、メディアやマネジメントからではなく、彼が電話でそれを報告してくれた事は本当に嬉しかった。 これからは、選手と”トレーナー”としてではなく、一人の友人として彼の事を応援する。 アスレティックトレーナーとしてだけでなく、人として成長させてくれた。ありがとう。



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