2011年12月22日「迷いと対話」


自分の進む路を選択する機会は、今までの人生に何度かありました。 アドバイスをしてくれる人達と、間違いなく運にも恵まれ、後悔している選択は、一つとしてありません。 これは、どんな路を選ぼうとも得られるものがある、といった類のものではありません。 当時の自分の能力などの色々な条件がある中で、自分が信じるベストだと思う路に進む事に恵まれてきた。 自分の思い込みではなく、事実だと思います。 MSUのPh.D課程に進学が決まったのは、NewYorkでインターンをしていた時のこと。 色々な思いの中の一つにあった、安堵の気持ち。 "この先4年間、自分が成長できると信じられる場所で過ごせる権利が保証された" 外国人がアメリカに滞在するにはステータスが必要です。 University of Arkansasでの2年間が終了に近づき、卒業後に貰えるOPTという研修ビザを使っての一年間のインターン先を探していた時期、「インターン先が見つからない=帰国しなければならない」という現実が常にありました。 特に自分はインターン先をかなり細く絞っていたので、かなりのギャンブルをしていました。 ChicagoとNewYorkでインターンを始めた時も、一年後の進路を考え続けました。 「OPTが切れた時に次の進路が決まっていない=帰国しなければならない」でしたから。 こういう経緯があったので、MSUへの進学が決まったときに、冒頭のような安堵を覚えたわけです。 自分の中で、MSUでの四年間は最後の準備期間と位置づけています。 自分が背伸びをしないと置いてけぼりをくらってしまう環境での日々は、最後の準備期間に相応しいもの。 この場所にいられる事を有難く思うし、後押しをしてくれた人たちへの感謝は忘れることはありません。 近い将来の行き先の心配をせずに、集中できるという環境は過去の経験からすると、贅沢なものです。 が、当初は感じなかった、別の感情に最近気付くことが多くなりました。 辞めるという選択肢はいつでもあるから、必ずしもではないけれど、4年間が保証されるというのは、その先4年間の自分の将来を一つの場所にコミットメントするという事(日本語が浮かばなかったので、嫌いなカタカナ英語で)。 信じていると言えど、準備期間に4年間を費やす。そして、その準備期間は必ずしも行く先を保証しない。 物凄く平たく言うと、焦りを感じる事が多くなりました。 自分の描く将来に、本当に繋がっているのかと。 答えは分かっているんです。繋がっている。繋げる事ができる。 ただ、没頭している最中に、ふと顔を上げたときに感じる、確かに存在する焦り。 先週、期末テストに向けて勉強をしている時にも、この焦りが現れました。 多分、勉強していた科目(統計学の理論)のせいでもあったと思います。 自分の中に生じた焦りやら迷いに、居ても立ってもいられなくなった自分は、バスケットボールと一番厚いジャケットを手に取り、外にでました。 今までの人生、悩む内容は年をとるにつれて変わっていったけれど、迷いを抱えた自分が向かう先はいつも同じ。 沼津東高校の体育館、所沢の航空公園のバスケコート、ミネソタやアーカンソーのジム、ミシガンの寒空の下。 迷った自分と向かい合うのに、自分が拠り所とする場所に戻るのは自然なことだと思います。 12月のミシガンの夕暮れ。道路わきに寄せられて汚れながらも夕日を反射する古い雪。 凍りついた、建物の間を流れる川。気温は分かりませんが、刺すような空気の氷点下の世界。 向かった先は、少し歩いた先にあるバスケットボールコート。 外にでて数秒で、手袋をしていない、ボールをつく手が悴み、寒さは痛みに変わる。 痛みをこえて、鈍くなる感覚。 迷いのある心に、感覚の鈍った手、冷え切った身体。あっという間に暗くなる、冬の夕暮れ。 シュートが入るわけありません。 でも、この日は違いました。 放ったボールは、擦り切れたネットが僅かに残るリングを尽く射抜きます。 バスケットに「俺を信じろ」と言われている気がしてなりませんでした。 共感は得られないと思いますが、あの時自分は、バスケとバスケをしていました。 バスケを信じること。それは自分を信じることでもあります。 自分を信じろ、と。 自分が死んだって存在し続ける、朽ちることのない、永久的な拠り所がある。 その事実を今いるステージで再認識して、幸せを感じ、一つ強くなれた気がした瞬間でした。


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